東浦家の休日






















































































































































































あなたの彼氏・深尋と、その兄の大護が東浦家に遊びにきている日曜日。
大護は、あなたの弟である結人と一緒に2階で仲良くゲームをしています。
一方、深尋は『今日こそお義父さんに挨拶を!』と意気込んでいたものの、
偶然遊びにきた叔父の彰信に捕まってしまい、なかなか目的が達成できません。
そこへようやく父の春樹が帰ってきて、いよいよ深尋の挨拶が実現! ……するかと思いきや
あなたと深尋をからかっていた彰信に春樹のお説教が始まってしまい、
またもや待ちぼうけとなる深尋。
その後、窓から差し込む光が茜色になり始める頃、ようやく春樹のお説教が終了して……。

「……とにかく、彰信がこれからもうちに遊びに来たいと思うなら
 さっきみたいな馬鹿なことは今後一切しないこと。わかった?」
「は、はい……もう金輪際、若いカップルをからかうようなことは致しません……。
 なので春樹さま、そろそろ正座をやめてもいいでしょうか……あ、足が……」
「あれ、しびれたの? 触ってあげようか?」
「おい! 笑顔で何恐ろしいこと言ってんだよ!」
「冗談だよ、冗談。でもそのままもうしばらく苦しんでなさい」
「ひ、ひでえ……」
「そのくらいしたほうが彰信には効くだろうからね」

ニコッと笑った春樹は、ふと視線をあなたと深尋のほうへ移しました。

「……あ」

あなたの隣にいる深尋と目が合い、急に慌て始める春樹。
それにつられたように、深尋も勢いよく立ち上がります。

「あのっ……す、すみません、ずっと挨拶できなくて……永江深尋といいます」
「あ、ああっ、深尋くんね! うん、娘から話は聞いてるよ! 
 それに一度、うちの前で会ったことあるもんねっ? 
 あの時は確か、娘の忘れ物を取りにきたとかなんとかで
 ほんのちょっと話しただけだったけど……」
「はい、えと……その節は、大変お世話になりまして……」
「いえいえ、立ち話のまま何のお構いもできませんで……」

深々と頭を下げる深尋と、同じような角度で腰を折る春樹。
頭を下げ合うふたりを眺めながら
『やっと深尋とお父さんがちゃんと挨拶できた……』とあなたが感慨にひたっていると、
いつの間にそばに来ていたのか彰信がコッソリ声をかけてきました。

「……なんだあの会話? あれがいい歳した大人同士の会話かよ。
 アイツらってなんか似た者同士って感じだなあ。
 ふたりの向こうにお花畑が見える……」

呆れたようなその言葉が聞こえたのか、うっすらと笑みを浮かべた春樹が彰信を見ます。

「彰信、何か言った?」
「い、いえ、何も……」
「もう足のしびれは直ったんだね? 
 それならお姫様にちょっかいかけてないで、夕飯の支度を手伝いなさい」
「ええ? 俺は食べる専門……」
「なに、今すぐうちから追い出されたいって?」
「はいスミマセン、喜んでお手伝いさせていただきます」

そんな会話を遮るように、2階でバタンとドアの開く音が聞こえました。

「父さんおかえりー! 腹減ったー!」

大きな声とともにリビングから続く階段を駆け下りてきたのは結人。

「今日の夕飯なに!?」
「こーらユウ、お客さんの前ではしたない」
「だってすっげえ腹減ったんだもんー。
 このままじゃオレ、お腹と背中くっつくー」
「はいはい、これからすぐ用意するから……」

大げさな身振りで空腹をアピールする結人の後ろには、
結人と一緒に遊んでいた大護がいます。
その大護は、春樹を見るとパッと笑顔になりました。

「あ、お義父さん!」
「お……お義父さん?」

『お義父さん』という言葉で複雑そうな顔になる春樹をよそに、
大護は春樹の前までやってくるとペコリと頭を下げました。

「すみません挨拶が遅くなっちゃって。
 娘さんとお付き合いさせていただいてる深尋の兄の、永江大護といいます。
 ってこの肩書き、なんかやたら遠回りしちゃってる感じでわかりにくいですねぇ」
「あ、う、ううん、そんなことないよ! 
 深尋くんのお兄さんの大護くん、だよね? 一緒に遊びに来てたんだね」
「はい! 深尋が最近よくお邪魔してるって聞いて、
 俺からもちゃんとご挨拶させていただかないと!と思いまして」
「ああ、それはどうもご丁寧に……」
「いえいえ、いつもお世話になってるのはこっちですから! 
 それよりこれから晩御飯の支度ですか? 良かったら手伝いますよ!」
「え、手伝ってくれるの?」
「はい! オレ、料理するの好きなんですよ。
 まあさすがにお義父さんの腕には敵わないと思いますけど」

大護の言葉に、春樹は照れくさそうに微笑みます。

「いやいや、僕の料理はそんな大したものじゃないから……
 ちなみに大護くんは何が得意なの?」
「んー、なんだろ? 言われれば大抵のものは作りますけど、
 弟の深尋が一番うまそうに食ってくれるのは味噌汁ですかね」
「へー、お味噌汁かあ。じゃあ良かったら作ってもらえる?」
「え、いいんですか? 
 東浦家の皆さんのお口に合うかどうかはわかりませんよ?」
「大丈夫だよ。うちの子たちはあんまり好き嫌いないから。
 それじゃ今夜はお味噌汁に合わせて和食にしようかな」
「和食! いいっすねー!」
「えっ大護が夕飯作んの!? 超楽しみなんだけど!」
「わっはっは、結人くんにそう言われちゃ全力出さないわけにはいかないなあ。
 大護クンの料理に乞うご期待!」
「わーい! じゃあオレ、テーブルとか拭いとく!」
「じゃあテーブルのほうの準備はユウに任せようかな」
「うん、任せて!」
「はい、よろしくね。
 それじゃあ大護くん、こっちも料理始めようか?」
「了解です!」

3人がそれぞれ夕食の準備を始めるのを見て、彰信はリビングのソファに腰を下ろします。

「なんかよくわかんねえけど、あのツーブロックのオニイチャンが
 メシの支度手伝うらしいから俺はそっと見守っとくことにするかな。
 ほら、深尋クンとお姫さんも座れ座れ」
「あ……はい……」

深尋とあなたがソファに座った時、リビングのドアが開きました。

「ただいま」

立っていたのは仕事帰りの兄の崇。
崇はリビングの光景を見て、わずかに眉を寄せます。

「なんだこの人口密度……空気が薄い」

崇の帰宅に気づいて、結人と春樹が声をかけます。

「あ、兄ちゃんおかえりー」
「タカ、今日もお疲れ様」
「ん、ただいま」
「おー、タカちゃんおかえりー」

春樹と結人に続いて彰信がからかうように声をかけるものの、
崇はそれをサラッと無視して2階へ上がろうとしました。
その途中でふと深尋に目を留めます。

「ミヒロか」
「はい……こんにちは」
「どうも。毎週うちに顔出すなんて律儀だな」

深尋の肩を軽く叩いて声をかける崇。
そこへ、キッチンスペースから大護の声が飛んできます。

「崇サンどうもー! オレもいますよー!」
「……は?」

途端に顔をしかめた崇は、あなたを睨みつけました。

「おいチビ、俺は前に言ったな? 
 ミヒロはいいがあのデカイのはもう連れてくんなって。忘れたとは言わせねえぞ」
「まあまあまあ! いいじゃないですかそんな細かいことは!」
「細かくねえよ、テメエのでかい図体考えろ」
「あれ、すみません。オレのほうが身長高いの気にしてたりします?」
「してねえよこの木偶の坊が!」
「わはっ! 前に深尋からも言われたなあ、デクノボウって。
 もしかして崇さんとみーちゃん、相性いいのかも?」
「……」

無言で深尋と顔を見合わせた崇は、小さく咳払いしたあと
「部屋にいる」と言って2階に上がっていきました。
それを見ていた春樹は、慌てて大護に頭を下げます。

「ご、ごめんね、崇が失礼なこと言っちゃって」
「全然平気っすよ。オレもたいがい勝手なこと言ってる自覚はあるんで」
「うーん……でも普段は家族以外にああいう態度することなんてないんだけど……」
「やー、オレや深尋を家族みたいに見てくれてると思えば、それはそれで嬉しいですから」
「そ、そっか……大護くんは、いろいろ前向きだねえ」
「いやぁそれほどでも!」
「前向きなのが大護のいいとこだよな! 
 ゲームでどんなにオレに負けてもくじけないトコとか!」
「う……結人くんそれは言っちゃダメ……悲しくなるから」

会話を弾ませる大護と春樹、結人を見て、彰信がハハッと笑いました。

「大護クンだっけ? あのニイチャン、あっという間に春樹の懐に入り込んだなあ。
 結人とは最初っから仲良いみたいだし。
 こりゃ一番身近なトコに思わぬ敵がいたって感じか? ん、深尋クン?」
「……」

彰信の言葉に、深尋の顔がサーッと青ざめていきます。
何か言いたげに視線をさまよわせる深尋をよそに、
キッチンでは着々と夕食の支度が進んでいき……。

「んー、味噌汁はこんなもんかなあ。
 お義父さん、ちょっと味見してもらえませんか?」
「あ、じゃあ一足先にお相伴にあずかろうかな」

小皿にとったお味噌汁を大護から受け取る春樹。
それを口にした春樹は、キラキラと目を輝かせました。

「おいしい……! 大護くん、すごいね! とってもおいしいよこのお味噌汁!」
「やーった、褒められた! 
 お世辞でもお義父さんにそこまで褒めてもらえると自信つくなあ」
「いや、本当においしいから! 
 ねえ、出汁とか何からとってる? この香りはかつお節かな」
「あ、ですです。これは削り節と昆布を合わせたやつで。
 煮干しの出汁もうまいんですけど、うち、深尋が煮干しダメで……」
「あー、煮干しはちょっと苦味が出ちゃうこともあるからねえ」
「えっ何々? そんなうまいの!? オレも味見するー!」

お味噌汁トークで盛り上がるキッチンスペースを、深尋がじっとリビングから見つめます。

「大護……俺より仲良くなってる……」
「はっはっは! 深尋クン、このままココにいていいのか? 
 あっちに行って手伝いしたほうがいいんじゃないの?」

彰信の言葉で深尋は立ち上がりかけますが、
何かを思い出したようにソファに座り直し、あなたの手を握ります。

「……やっぱりここにいます。
 ここから離れると今度はコイツが何されるかわからないんで」
「言うねえ、キミも」

彰信と深尋が静かな火花を散らす中、やがて夕食が出来上がりました。
普段はダイニングテーブルに並ぶ料理も、
今日は深尋と大護がいるということでリビングのテーブルへと場所を移します。
それを見計らってリビングにやってくる崇。
全員が揃ってテーブルを囲んだところで、春樹がコホンと咳払いして口を開きました。

「えーと、それじゃ今日は思いがけずこういうお食事会の機会に恵まれたということで……」
「父さーん、そういうのもういいって……オレもう腹減って死にそう」
「あ、ああ、そう? ごめんね。じゃあ食べようか。
 それじゃみんな、手を合わせてください」

手を合わせるみんなの顔を見て、春樹も手を合わせます。

「はい、いただきます」
「いただきます!」

全員の声が重なり、食事がスタートしました。
真っ先に食事を口に運んだ結人が嬉しそうに声を上げます。

「うんまーい! 父さんの肉じゃがうまい!」
「それは良かった」
「大護が作った味噌汁も超うまい!!」
「ホント? そりゃ嬉しいなあ」

ニコニコと料理を頬張る結人の横で、彰信も感心したように頷きました。

「おお、ほんと若い男が作る味噌汁にしては繊細な味が出てんなあ。こりゃうまい」
「どうもどうも! 崇サンはどうっすか? お口に合います?」
「まあ……食えなくはないな」
「こらタカ、大護くんが作ってくれたものに失礼なこと言わない」

無言で味噌汁を飲む崇を叱った春樹は、
ぎこちなく箸を動かしている深尋に声をかけます。

「深尋くん。僕の作った肉じゃが、どうかな?」
「あ……お、おいしいです」
「良かった。たくさん作ったからいっぱい食べてね」
「は、はい……」

まだどこか緊張がのぞく深尋を見て、春樹は優しく微笑みました。

「おかわりが欲しかったら言うんだよ。
 これからうちでご飯を食べる機会も増えるだろうから、遠慮しないで。ね?」
「あ……」

春樹の言葉に、深尋は目を見張ったあと
嬉しそうに「ありがとうございます」と呟いて肉じゃがを食べました。

「……おいしい」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「……おいしいです、すごく……」

繰り返しそう呟く深尋の声は、込み上げる何かをこらえるように抑えられたもので……。
かける言葉を探して深尋を見つめるあなた。
そして深尋の向こうに座っている大護も、さりげなく深尋の頭をポンと叩きます。

「うん、おいしいご飯にお呼ばれできて良かったな」
「……ん」

幸せそうな顔の深尋を見て、あなたの胸にも温かいものが広がりました。
それからしばらく楽しい食事は続き――。

「んぐっ、んもい! おえ、おっおうう……!」
「結人……食うか喋るかどっちかにしろ、汚いな」
「んんー!」
「んおっ、ううおうん! おえおー!」
「おいダイゴとか言うヤツ。お前は結人と同レベルのことして恥ずかしくないのか?」
「あうあいうあいれふー!」
「くそ……ガキが増えやがった……」
「まあまあタカちゃん、うまい飯の席でカリカリすんなって」
「叔父さんがいなかったらもう少し心穏やかに飯が食えるんですけどね」
「そうかそうか、俺がいて楽しいか」
「叔父さんは飯が終わったら早めに耳掃除したほうがいいですよ」
「ターカ、ご飯の時にケンカしない。ほら、おかわりは?」
「あの……おかわりください」
「あれ、おかわり第1号は深尋くん?」
「んっ? みひお、おう……!」
「だーから結人! まず飲み込めよ口の中のものを!」
「んぐっ、んっ……ぷはっ! 
 深尋もう食ったの!? ずっりい! 父さん、オレもおかわりー!」
「ぷはっ! お義父さん、オレもお願いします!」
「春樹、俺も俺もー」
「ちょっと、みんないっぺんに……」
「父さん、運ぶの手伝う」
「ああ、ありがとう。タカ」

みんなの食器を手に立ち上がった春樹は、あなたのほうへ手を差し出します。

「ほら、君もおかわりは?」

『ありがとう』と笑って自分の食器を渡すあなた。
そこによそわれるホカホカの料理。
あたたかな食卓を囲むみんなの顔には笑顔が広がっていて……。
こうしてみんなですごす休日は賑やかに、そして穏やかに過ぎていくのでした――。


END