東浦家の休日














































































































天気の良い日曜日――今日は彼氏の深尋とデートの約束をしている日です。
最近は、あなたが深尋の家に行くのと同じくらい
深尋が東浦家に遊びに来る機会も増えてきています。
そうして今日もあなたの家に行くことになったのですが、
その途中、深尋が心配そうに口を開きました。

「こんなに何回も行って、迷惑じゃないか? ……俺」

『そんなことないよ』とあなたが答えると、深尋はホッとしたように笑います。

「良かった。……あ、そうだ」

そう言って、手にしている箱を軽く掲げてみせる深尋。

「今日はお土産ある。
 この前は……ごめん。俺、気が利かなくて……
 オマケだった大護のほうが土産持ってってるの見て、
 『あっ』て思って……今日は忘れないようにって、準備してた」

深尋の気遣いが嬉しくて『ありがとう』と笑うと、彼もやわらかく微笑みます。

「どういたしまして。あとで一緒に食べよ」

そんな話をしながら、ふたりで東浦家へ向かうのでした。

***

自宅に到着したあなたは、リビングに誰もいなかったので
そのまま自室のある2階へと上がりました。

「そういえば俺、お前の部屋入るの……初めて? 
 この前も、その前に来た時も、リビングだったから」

どこか緊張した様子の深尋と並んでドアを開けると……。

「……え?」

そこにはなぜか弟の結人がいました。
しかも結人は床に大の字になって寝ています。

「ここ、弟の部屋?」

深尋の問いかけに首を横に振って応えたあなたは、寝ている結人に歩み寄りました。
その肩をそっと揺すると、結人は一瞬ビクッと身体を震わせて目を覚まします。

「んあっ……んん……? ねーちゃん……?
 もー……どこ行ってたんだよ……オレずっと待って……」

目をこすりながら起き上がった結人は、
あなたのそばにいる深尋に気づくと「うわっ!」と声を上げました。

「なんでソイツがいるんだよ!?」
「あ……」

居たたまれなさそうに目を伏せる深尋に対して、
バツが悪そうに頬を膨らませる結人。

「ねー……じゃない、姉貴に話があったのに部屋にいなかったから待ってたんだぞ。
 なのに……オレが用事あるって時に限ってカレシ連れてくるから……」

ブツブツ言う結人に、ちゃんと深尋に挨拶するようあなたが注意すると
結人は面白くなさそうに横目で深尋を見ます。

「挨拶って……だから姉貴のカレシだろー? もう知ってるって。
 そんじゃオレの用事はまたあとで……」

そう言って部屋を出ていこうとした結人が、
深尋の手元を見て動きを止めました。

「……なに、その箱。もしかしてクッキー?」
「あ……うん」
「それ、オレも食っていいやつ?」
「……ん」
「ふーん……なら、飲み物持ってくる」
「え? 飲み物って……」

深尋には応えないまま階下へ向かった結人は、
すぐに3人分の飲み物を手に戻ってきました。
あなたと深尋の前にあるローテーブルのそばまでやってくると、
トレイに乗せていたカップを置いていきます。

「コーヒーと……あとこの皿はクッキー乗せる用な」

箱に入っていたクッキーをお皿に移した結人は
深尋に向かって手を合わせると、ペコリと頭を下げました。

「そんじゃ、いただきまーす」
「あ、えと……召し上が、れ?」
「え、何それ……そんなん言わなくていいって」
「でも、『いただきます』って……」
「メシでもおやつでも食べる前はいっつも言うし、
 お土産の時は、もらった人に『いただきます』って言うのがうちの決まりなの! 
 『召し上がれ』とか言われたら逆に食いにくくなるじゃん……ハズいヤツ」

そう言いながら結人はクッキーをつまむと、「あーん」と口に運びます。

「んっ、うまい。お、こっちのもうまい!」
「あ、良かった……」
「これどこで買ったの?」
「え、あ……どこだっけ」
「なんだよそれー、自分が買ったんだろ? ちゃんと覚えとけよなー」
「ごめ……俺んちの近くの店、なんだけど」
「オレ、お前んちの場所知らねーよ」
「……ね。ごめん」
「謝んなくていいって、もー。
 なんかオレが意地悪言ってるみたいじゃん。
 しかもさっきからオレばっか食ってるし。お前も食えって、ほら」
「……いいの?」
「いいに決まってるだろ? そっちが持ってきたヤツなんだから」
「あり……がとう」
「礼とかいいからさぁ……んあー……」

何か言いたげにクッキーを飲み込んだ結人は、
頬杖をついて深尋の顔を覗き込みました。

「なんか年上って感じしねーなー。大護とは違う意味で」
「……そうか」
「あのさー、オレがこんなこと言うのもなんだけど
 もっとしっかりしたほうがいいんじゃね? 
 そんなんで、いざって時に姉貴のこと守れんのかよ」
「そりゃ……」
「いや、待てよ? 
 姉貴の場合『守る』っていうか、お前のほうが守られてそうだな。なーんて」

からかうような結人の言葉にあなたが言い返そうとした時、
深尋がいきなりガバッと身を乗り出しました。

「そんなことない!!」
「へっ?」

あっけにとられる結人をよそに、
深尋はそれまでとは一転して力強く語り続けます。

「確かにコイツはいつだって笑ってるし、明るいし、
 ちょっとのことでへこたれたりするヤツじゃないけど、
 そういうヤツだからこそ俺がしっかり守らないとダメなんだ!」
「な、なんだよいきなりっ?」
「家ではどんな感じか知らないけど、
 俺のほうが守られるなんてことはない! ないから!」
「わ、わかったよ! わかったって!」

結人の声に、ハッと我に返る深尋。

「あ……ごめん……大声出して」
「や、いいけどさ……。
 ビックリした……さっきの言葉のどこにスイッチがあったんだ? 
 大人しいヤツがキレると恐いってホントだなー」

気持ちを落ち着けるようにカップを傾けた結人は、
残り少なくなったコーヒーを見て肩をすくめました。

「あーあ、クッキーと一緒に飲もうと思ってたのに……。
 おかわり持ってくる。姉貴もいる?」

頷くあなたを見たあと、結人は視線を深尋に移します。

「深尋は?」
「……え……?」
「ん? なんだよ、お前の名前だろ? 深尋」
「あ、うん、そう……だけど……」
「……なに、呼んだらダメだった?」
「だ、ダメじゃない!」
「なんだ、変な顔してっからダメなのかと思った。
 で、深尋はおかわりいる? いらない?」
「いる!」
「ん。じゃあ3人分な」

そう言って立ち上がった結人は部屋を出ていきました。
パタンとドアが閉まり、静かになる室内。
あなたがコーヒーを飲んでいると、ふいにツンツンと服を引っ張られました。

「……ね」

隣を見ると、そこには少しくすぐったそうな微笑みを浮かべる深尋の顔が。

「俺、お前の弟から名前呼ばれた……『深尋』って」

どこか嬉しそうなその声に、あなたも微笑み返します。

「なんか……いいな、弟って。
 俺、兄弟は大護だけだし、今まで知らなかったけど……
 なんだろ……かわいい。男にかわいいって変かもしれないけど」

いつになく饒舌な深尋の声に、ドアの開く音が重なりました。

「ほーい、コーヒーのおかわり到着ー。
 新しいカップ使うのもアレだからポットごと持ってきた」

テーブルについて自分の分のコーヒーを注いだ結人は、あなたと深尋を交互に見ます。

「姉貴の、入れるぞー。深尋んとこも注いでいい?」
「あ、うん。ありがと」
「ってまだ全然減ってねえじゃん! ほら、飲んで飲んで!」
「あ、うん、飲む」
「ほ~ら一気、一気!」
「あ、う……待って、まだちょっと熱い……」
「っはは、冗談だって! コーヒーいる時言って。注ぐから」
「ん、ありがと……ゆ……」

『結人』とはまだ呼べず、照れくさそうに口ごもる深尋。
そのことに気づいているのかいないのか、クッキーを頬張る結人。
テーブルを囲む2人の距離は、さっきよりも少し近づいているようで……。
『ふたりがこれからもっと仲良くなってくれたらいいな』
目の前の光景を愛おしく思いながら、あなたはクッキーとコーヒーを味わうのでした。


END