東浦家の休日


































































































「ごちそうさまでした」

東浦家のダイニングに、兄弟3人の声が響きます。
それを聞いた父の春樹がニコッと笑いました。

「はい、今日もみんなよく食べました。いい子」

春樹のその声を待っていたかのように立ち上がったのは、弟の結人。

「そんじゃオレ、カズん家行ってくる!」

そう言って勢いよく駆け出して行こうとする結人を、春樹が呼び止めました。

「ユーウ、ストップ。口の横、汚れてるよ」
「うそ、どこっ?」
「右のとこ。出かける前にちゃんと拭いて。
 それからカズくん家に行くならおやつ持っていきなさい。
 クッキー焼いといたから」
「えー……いいよ、ガキじゃないんだから……」
「こういうのに子供も何もないの。
 カズくんはユウが小学生の頃から仲よくしてくれてるんだから、ちゃんとしないと。
 ちょっと待ってて、すぐ用意する」

キッチンに向かった春樹は手早くクッキーを包み、結人に渡します。

「向こうのおうちの方に、くれぐれもよろしくね」
「はーい。いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「はいはーい」

結人がリビングを出ていくと、続いて兄の崇が立ち上がりました。

「父さん。俺、仕事あるから上にいる」
「ああ、そう。いつもお疲れ様。あとで何か作ろうか?」
「いい、コーヒー持っていく」
「またブラック? そればっかりじゃ胃が悪くなるよ。
 タカもクッキー持っていきなさい。あんまり甘くないのも作ってあるから」
「あー……ん、サンキュ」

崇の分のクッキーとコーヒーを準備している春樹が、あなたに声をかけます。

「ねえ、今日は何も予定ないんだっけ?」

あなたが『ちょっとやることあるから部屋にいる』と返事をすると、
春樹は少しさみしそうにため息をつきました。

「そっか、うん、わかった。
 じゃあ君の分のクッキーも用意するから待ってて。
 飲み物はコーヒーでいい? それとも紅茶?」

コーヒーメーカーがコポコポと音を立て始めたのを聞いたあなたが
『コーヒー』と答えると、春樹は小さく笑います。

「気を遣わなくてもいいのに。
 まあ、あとで紅茶が飲みたくなったら言うんだよ」

それを聞いた崇が、あなたを横目で睨みました。

「紅茶くらい自分で淹れろ」
「タカ、いいんだよ。僕がやりたくてやってるんだから」
「でも父さん、今日も仕事だろ」
「そうだねえ、ここの片づけが終わったら少しやるかも。
 でも締め切りはまだ先だし、忙しいわけじゃないから。
 タカも何かあったら遠慮なく声かけるんだよ。いい?」
「……了解」

おやつが乗ったトレイを春樹から受け取った崇とあなた。
崇の手元にあるクッキーはあなたの分と違うようで思わずじっと見ていると、
それに気づいた崇があなたの頭を軽く小突きます。

「そんなに見たってやらねえぞ」

そう言って階段を上っていく崇。
『そんなこと言ってない!』と言い返しながら、あなたも自室へ向かったのでした。

***

――そろそろ日も暮れようかという頃。
おやつもとっくに食べ終わり、
『そろそろ夕飯の時間かなあ』と考えていると、あなたのお腹が鳴りました。
キッチンではきっと春樹が夕食の支度を始めているはず。
それを手伝おうとあなたが部屋を出ると、
同時に右隣の部屋のドアが開き、崇が顔を出しました。

「なんだ、チビもか」

あなたが部屋を出た理由を察したらしい崇と一緒に、階下へ向かいます。

「父さん、メシ作るなら手伝う……」

そう言いかけた崇が言葉を止めました。
見ると、リビングには家計簿をつけている春樹の姿が……。
けれど途中でウトウトしてしまったのか、テーブルに伏せるようにして眠っています。
その光景に、崇は小さくため息をつきました。

「疲れてたんだな。
 ったく、自分が一番忙しいくせに……」

するとそこへ結人が元気よく姿を見せました。

「たっだいまー! 父さん、今日の夕飯なにー!?」
「しっ」

崇の鋭い声に、慌てて自分の口を手でふさぐ結人。

「……父さん、寝てんの?」
「ああ」

そう言いながら、崇は静かにリビングを出ていきます。
間もなく戻ってきた崇の手には毛布がありました。
それを見た結人が、何か思いついたように自室へ向かったかと思うと
枕とクマのヌイグルミを手に戻ってきました。

「枕はいいとして……なんだそれ」
「え、これ覚えてない? 昔、父さんが買ってくれたヌイグルミ」
「それはわかってる。なんで今持ってくるんだよ」
「やー、これあるとよく眠れるからさー」
「お前……ガキだガキだとは思ってたけど、まだそんなもん持って寝てんのか……」
「いっ、いいだろ別に!」
「おい、静かにしろ。親父が起きるだろ」
「痛っ! デコピンやめろよー!」

そんな言い合いをしながら、寝ている春樹に毛布をかける崇。
そして結人も持ってきた枕とヌイグルミをそばに置きます。

「邪魔なだけじゃないか、それ」
「んーや、父さんならオレの気持ちわかってくれる。
 これあったほうが絶対よく眠れるからっ」
「……ま、いいけどな」

そのやり取りを見ていたあなたは、ふとあることを思いつきました。

『ねえ、今日の晩御飯は私たちで作らない?』

というあなたの提案に、結人が笑顔になります。

「おっ、それいい! サプライズ的な感じで!」
「ふーん。たまにはいいこと言うな、お前」

優しげに目を細め、ポンとあなたの頭を叩く崇。
そうしてあなたと結人と崇は、リビングから続くキッチンへと向かいます。

「で、何作る? カレー? カレー!?」
「お前……この前、自分が犯した過ちを忘れたわけじゃないだろうな?」
「お、覚えてるよ! もう変なアレンジとかしないから!」
「ならいいけどな。それじゃ、作るか」

そう言って足を止めた崇は、どっかりとダイニングテーブルにつきました。

「えっ、兄ちゃんも一緒に作るんじゃないのっ?」
「俺は今日ずっと仕事してて疲れてるんだよ」
「今『よし、作るか』的なこと言ったくせに!」
「『よし』なんて言ってねえだろ。
 『作るか』ってのは、『結人とチビが』って意味だ。言外のニュアンスを汲み取れよ」
「げ、げんが……? 難しい言葉使うとか卑怯だぞ!」
「何が卑怯だ。俺に文句言う前に国語辞典読破してこい単細胞」
「うう……」
「それに、いつも親父に苦労かけてんのは主にお前らだろ。
 感謝の気持ちって言うなら、お前らで作るのが筋じゃないのか?」
「や、まあ別に作りたくないわけじゃないからいいんだけどさあ……。
 そういや兄ちゃんって、なんで『親父』って言うの? 
 父さんの前では『父さん』って呼ぶのに」
「……うるせえな。いいだろ、呼び方なんてどうだって」
「じゃあオレもこれから『親父』って呼ぼっかなあ」
「お前にはまだ早い」
「えー、なんでー?」
「悔しかったら早いとこヌイグルミを卒業するんだな。
 心身ともに小学生レベルだぞお前」
「はああ!? 違いますー! オレ高校生ですー!」
「だーから大声出すなっつってんだろクソガキ!」

賑やかな声に、春樹が目を覚ますんじゃないかとハラハラするあなた。
けれど春樹は穏やかに、そしてどこか幸せそうに眠り続けています。
そんな温かい空気に包まれる室内には、やがてカレーのいい香りがただよい始めるのでした。


END